文献をざっくり読みした管理人による、妊娠中の歯周病治療の必要性について現状を考察します(病態生理等の解説は除く)。一考のネタにしていただければ幸いです!(本来、歯周病は病態により分類されており歯周炎と表記したいですが、汎用性を考慮し歯周病表記に統一します。)
妊娠とお口の中の関係の代表格に「歯周病×早産・低体重児(LBW)」の関連が指摘されています。(googleで検索したら「低体重出産 歯周病」がトップでしたよ。びっくり!)。歯科医院のHP、某学会等も「歯周病があると早産のリスクが高くなるので歯科にかかりましょう」と述べています。
そもそもこの仮説、早産因子の検証過程でいろいろな条件を排除しても分からないことが続き、その過程で注目されたのが口腔内の炎症(歯周病)なんだそうです。プロスタグランジンE2(PGE2)は子宮収縮を引き起こす。とか、血清中の炎症性メディエーターレベルが特に早産と関連がある。とか言われると、歯科医療従事者は「ペリオ(歯周病)、大丈夫?」と感じるかも。
が、個人的には「周産期の歯科治療や予防的介入には多くのメリットがあると思われるが、歯周病=早産や低体重児と断定するには証拠も研究も足りていないので時期尚早」だと思っています。
1960年代頃から始まった、歯周病を患った妊婦に対する検証。PubMedで”pregnancy periodontal desease”で検索したところ、この60年で450件程度の文献がありました。ただ、これらを正式なエビデンスとして確立するには玉石混交な文献を取りまとめて評価する必要があります。
その中で、標準医療の根拠としても参考にされる、いわば根拠オブ根拠を発行する機関として「コクランレビュー」があります。
単なるまとめ記事ではなく、文献の質をチェックしたうえ、その仮説が本当に正しいのか?を評価し結論を出してくれる公的機関で、個人的に(というか世界の研究者が)あてにしています。そのなかの「妊婦における、不利益な出生予後予防のための歯周病治療」執筆者による、第一声がこちら!!!
The impact of periodontal treatment on preterm birth is unclear.
「歯周病治療が早産に与える影響は不明」と一刀両断。では低体重児出産についてはどうでしょうか。
There is low‐quality evidence that periodontal treatment may reduce low birth weight compared to no treatment.
「歯周病治療介入は、介入なしと比較し低体重児出産を減少させる可能性がある、という低い根拠がある」。なんか歯切れが悪い。
要約すると、論文の質がイマイチなこともあり「A=B」と結論を出すには不明点が多い。まだまだ突っ込みどころ満載、ということ。
よって現時点で「歯周病が早産に!」と断定してしまうのは非科学的では・・・となんちゃってPh.Dは憂慮中。「○○は××である」と言いきるのはめちゃくちゃ大変なことなので、現段階で安易なことは言えないしいうべきでもないのではと思っております。
私自身は、なんでも白黒はっきりしないと嫌な性格。しかし外来では「~といわれていますが・・」とか歯がゆいことばっか言わざるを得ない現実w 何かを断定するって大変なんだよ!
ただ、先ほどの仮説が立証ができない理由として、それぞれの論文での実験における介入方法、歯周病の指標、妊娠の経過、週数等がバラバラなのが大きい。これらを統一することが求められています(と簡単に言いますが、それが大変なんですけどねぇ・・・)。
様々な状況や状態がそろえばもっとデータがすっきりし、結論が変わる可能性も秘めています。仮説自体はいわゆるトンデモではないので(フッ素は毒、みたいな)、個人的にはほんとうに応援しているし、引き続き動向をチェックしたい。後続研究に期待!!
そもそも、歯周病以外に早産を誘発する因子はほかにもあり、歯周病を危険因子と誇張しまくるのはナンセンス。医療従事者として「木を見て森を見ず」にならないようにせねば。
早産云々がどうであれ、歯のケアは大事にしてね!という認識は持ち合わせときたいですねっ
歯周病の前駆状態として歯肉炎が挙げられます。
自身の(浅い)臨床経験からすると、「妊娠してから歯茎から血が出るようになった」とおっしゃる方が大半を占めています。文献でも40-100%の妊婦さんに歯肉炎が見られ(すんごい差があるのは置いといて・・・)、かくいう私も妊娠したとたん歯茎から出血するようになりました(そして人体の神秘に感動)。
超ざっくり説明すると、性ホルモンを栄養源とするP. intermedia(とある歯周病源菌)の多量繁殖や、母体のT細胞の反応低下などによる影響とされており「妊娠性歯肉炎」といいます。この歯肉炎は出産と共に改善されます。
文献を読んでいる限りでは、歯肉炎という特定疾患が惹起されるというより、そもそも炎症が惹起された結果歯肉炎になるというイメージ(小泉構文ではありません)。
つまり、ここに現病歴として歯周病があるならどうでしょう。早産との関連は肯定できないといいつつも、妊娠を考えた段階で口腔内のチェックは最低限必要なんじゃないかと思います。
ただし歯周病の有無はともかく、口の健康を守らないメリットもありません。
つまり、妊娠の意志に関わらず、歯医者さんでの定期健診や予防処置を継続的に行うことをお勧めしますよ^^
妊婦の口腔疾患に関連する疾患として「妊娠性エプーリス」という特異的な歯肉の良性腫瘤があります。近年、その腫瘤の多量出血が起因となり帝王切開となったケースが報告されました。
実はこの妊娠性エプーリス、歯科医師国家試験では必修レベル?なのですが、産科医領域では全然知られていないとのこと。ほんとですか?!(産科医の友人に騙されてるのか・・?) 妊娠経過にネガティブな作用がほぼないから無名なのかもしれませんが、頭の片隅には入れておいてほしいと思います。
厚労省の「成育医療等の提供に関する施策の総合的な推進に関する基本的な指針」(令和3年2月)に、「妊産婦及び乳幼児における口腔」が追加されました。妊産婦や子供に対し歯科アプローチの必要性が明記されているのですが、これは、両者の積極的な連携を国自体が奨励しているとも言えます。
歯科は「歯周病が妊娠経過に影響を与える可能性がある」から、妊婦の口腔内の状況を産科医に伝えるのが望ましいと思うし、
産科は「歯周病が妊娠経過に影響を与える可能性がある」から、口腔内に問題がないか歯科に依頼する(歯科受診を促す)のが望ましい連携の在り方かもしれません。
- 歯科医療従事者へ:歯肉炎の妊婦への介入が口腔内の炎症を減少させるとの報告がされています。私も妊婦さんの歯肉炎に毎月積極介入を行っていますが、毎月の指導で出血が明らかに減少する人もいます。なお、産院からの紹介状があれば妊娠中に毎月歯清が算定することができるようになりました。また、3か月(必要に応じ毎月)情3が算定できます。つまり、地域連携先のひとつが産科である事は国の意思でもあると解釈出来ます。
- 産科医療従事者へ:先述のように、歯周病が有害事象と関連する可能性があります。また、多くの文献で妊婦への口腔ケアが必要であると指摘されています。一方、妊婦歯科健診の受診率は数パーセント~20%程度。つまり有害事象に連結しうる口腔疾患が見過ごされてされている可能性もあるのです。妊婦健診の際「歯医者さんは行きましたか?」の一声があれば何かが変わるかもしれないし、情報共有ができればより包括的に支援できると妄想をしています。厚労省で検討会をする偉い先生たちも私と同じ意見言ってたしぜひお願いいたします(虎の威を借る管理人)。
管理人は、子供を産んだ産院の先生に上記のような話をして、歯科受診の必要性と歯科へ紹介してほしい旨を直談判しに行きました。結果、ちょっと仲良しになれました笑
妊婦さんにとって、歯医者さんは比較的身近な医療機関です。産科と歯科がかかりつけ医院、の枠を超えて妊婦さんを連携支援できれば、妊娠中の適切な管理にとどまらず産後以降も心身救われる女性は増えるんじゃないかなと思います。
実は一番言いたいことは最後の一文だったりする。ではまた。
参考文献:
Iheozor-Ejiofor Z, Middleton P, Esposito M, Glenny AM. Treating periodontal disease for preventing adverse birth outcomes in pregnant women. Cochrane Database Syst Rev. 2017;6(6):CD005297. Published 2017 Jun 12. doi:10.1002/14651858.CD005297.pub3
Komine-Aizawa S, Aizawa S, Hayakawa S. Periodontal diseases and adverse pregnancy outcomes. J Obstet Gynaecol Res. 2019;45(1):5-12. doi:10.1111/jog.13782
Yoneda S, Sakai M, Sasaki Y, Shiozaki A, Hidaka T, Saito S. Interleukin-8 and glucose in amniotic fluid, fetal fibronectin in vaginal secretions and preterm labor index based on clinical variables are optimal predictive markers for preterm delivery in patients with intact membranes. J Obstet Gynaecol Res. 2007;33(1):38-44. doi:10.1111/j.1447-0756.2007.00474.x
Mealey BL, Moritz AJ. Hormonal influences: effects of diabetes mellitus and endogenous female sex steroid hormones on the periodontium. Periodontol 2000. 2003;32:59-81. doi:10.1046/j.0906-6713.2002.03206.x
Usin MM, Tabares SM, Parodi RJ, Sembaj A. Periodontal conditions during the pregnancy associated with periodontal pathogens. J Investig Clin Dent. 2013;4(1):54-59. doi:10.1111/j.2041-1626.2012.00137.x
白河伸介ら. 妊娠性エプーリスからの大量出血で母体管理のため帝王切開を選択した一例. 現代産婦人科 2019; 68(2): 139-143.
Geisinger ML, Geurs NC, Bain JL, et al. Oral health education and therapy reduces gingivitis during pregnancy. J Clin Periodontol. 2014;41(2):141-148. doi:10.1111/jcpe.12188
厚生労働省 妊産婦に対する保健・医療体制の在り方に関する検討会 議論の取りまとめ 令和元年6月10日